国民公会(こくみんこうかい、Convention nationale、コンベンシオン・ナシオナール)は、フランスの立法機関。フランス革命期の1792年9月20日から1795年10月26日(革命暦IV年霧月4日)まで設置された。1795年11月2日に始まる総裁政府がこれに続く。国民公会の参加者にはジャコバン派のマクシミリアン・ド・ロベスピエール、ジャン=ポール・マラー、およびジョルジュ・ジャック・ダントンなどがいた。
1792年8月10日(→the insurrection)、パリの市民がチュイルリー宮を襲撃し、王政廃止を要求した。立法議会は国王ルイ16世の王権を暫定的に停止した。ついで新憲法制定のための国民公会が求められた。同時に25歳以上で1年以上フランス国内に在住する勤労者であるフランス国民に選挙権が付与され、代議員を選ぶことが決定した。国民公会は、身分や階級の別なく成人男子による普通選挙で選出されるフランス史上最初の議会となった。有権者の選挙権は21歳にまで引き下げられ、被選挙権は25歳とされた 。
国民公会の第一回議会は、1792年9月20日に開会された。そしてこの日が制度的には王政が廃止され共和政に移行した日とされる。1年後の9月22日には、新たに革命暦が制定されフランス共和国第一年となった。
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革命政府 [編集]
国民公会は3年にわたって権力を行使した。戦時下でもあったため新憲法の制定が進まなかったのもその理由のひとつである。国民公会は共和国の脅威を取り除くという名目で急速にその権力を伸張させていく。あくまでも立法機関であったが、議員らを通して行政権をも行使するようになる(→公安委員会 (フランス革命))。モンテスキューの権力分立論からすれば、これは「権力の混在」にほかならなかった。これは国民公会の大きな特徴であり、この例外的ともいえる権力体制の継続は厳格な意味で「革命政府」と呼称される。これは「恐怖政治」と呼ばれる期間、主に政権を担うこととなる。
国民公会の1年目に急進勢力(ジャコバン派とコルドリエ派)が実権を握ったが、勢力の衰えたジロンド派も全く影響力を失ったわけでもなかった。国民公会解散の3年間にその有力議員のほとんどは、恐怖政治下、ギロチン送りとなるか、テルミドールの反動により命を失うこととなった。